ラモツォの亡命ノート ポレポレ東中野にて11月ロードショー

ポレポレ東中野にて11月ロードショー

監督・撮影・編集 小川真利枝 現地コーディネーター 中原一博

テーマ音楽「Hallelujah」
作詞・作曲 レナード・コーエン
うた 浜田真理子

協力:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

2017年/日本/チベット語/93分/カラー/ドキュメンタリー

ポレポレ東中野にて11月ロードショー

ラモツォの亡命ノート ポレポレ東中野にて11月ロードショー

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ラモツォの亡命ノート

ラモツォの亡命ノート

ABOUT MOVIE

読み書きのできないラモツォは、

旅の途上をビデオカメラに記録したー

アメリカ・サンフランシスコ。
ゴールデンゲートブリッジを車で颯爽と走るのが、主人公のラモツォ。
彼女は、亡命チベット人。夫が政治犯として中国で逮捕され、突然、故郷へ帰れなくなった。
最初の亡命先は、インドのダラムサラ。そこで彼女は、道端でパンを売りながら、
4人の子どもと義父母を女手ひとつで養った。 学校へ行ったことがないラモツォが、人知れず続けていたのがビデオカメラで日記をつけること。 その映像には、歴史に翻弄されながらも、前を向いて生きる一人の女性の姿がうつっていた。
映画は、ラモツォがスイスをへてサンフランシスコに辿り着くまでの6年を、 80時間におよぶビデオ日記とともに描いた。

そして、夫の釈放の日が近づいてくる。

ラモツォ

ラモツォ

Journey map

  • スイス チューリッヒ
    ラモツォがいっとき身を寄せた。スイスは、ヨーロッパではじめてチベット難民を受け入れた国で、現在約5000人のチベット人がすむ。
  • ラモツォの旅ノート
  • チベット アムド地方 ラブラン
    チベット アムド地方 ラブラン
    チベットの東北に位置するアムド地方。ここで最大の僧院ラブラン寺が、ラモツォの故郷。標高3000mの山麓にそびえる。
  • アメリカ サンフランシスコ
    アメリカ サンフランシスコ
    ラモツォが最後にたどり着いた町。米国はインド、ネパールについでチベット難民を多く受け入れている。ニューエイジ発祥の地であるサンフランシスコは、チベット難民が暮らしやすい文化が根づく。
  • インド ダラムマサラ
    インド ダラムマサラ
    標高1800mの山間の町。1959年ダライ・ラマ14世が中国の脅威を逃れインドに亡命してから、チベット亡命政府が樹立されている。現在約6000人のチベット人がすむ。
  • チベット ラサ
    チベット ラサ
    チベット自治区の首都。標高3700m。ラモツォはこの町でバター売りをしているとき、レストランで働く夫に出逢った。

Cast

ラモツォ
ラモツォ
チベットのアムド地方出身。夫が釈放されるまで、4人の子どもと義父母を養うために自ら道を切り拓いていく。

- 夫婦 -

ドゥンドゥップ・ワンチェン
ドゥンドゥップ・ワンチェン
ラモツォの夫。2008年北京オリンピックが開催されることについてチベット人のリアルな心情をまとめた映像を発表。すると中国政府の反感をかい懲役6年の刑を受けた。罪状は「国家分裂扇動罪」。しかし世界からは彼の勇敢な行動が讃えられ、ニューヨークのジャーナリスト保護委員会から「国際報道自由賞」が与えられた。
子どもたち
子どもたち
幼い頃からインドへ亡命し、ダラムサラの「チベット子ども村」という寄宿舎で暮らす。長男だけ、ムスーリー(ダラムサラから南へ約200キロ)の寄宿舎に。「いつか母に恩返ししたい」と思いながら、母を支えている。
義父 義母
ドゥンドゥップ・ワンチェンの両親
息子が映画をつくる前に、ダラムサラに亡命していた。「生きているうちに、息子に一目会いたい」と願う。
ドゥンドゥップ・ワンチェンの友人
ジグメ・ギャツォ
ドゥンドゥップ・ワンチェンの友人。映画撮影の助手を担い逮捕された。約7ヶ月で釈放されたものの中国当局の監視が続き、2014年にインドに亡命した。映画では、電話でのみ登場する。
仕事先のアメリカ人
仕事先のアメリカ人
サンフランシスコで、ラモツォが住み込みでホームヘルパーをしている家の主。94歳で現役ばりばりの経営者。数ヶ月前に画家だった妻が亡くなり、ラモツォが手厚く介護していたこともあって、ラモツォの良き理解者。

Introduction

ヒマラヤ山脈の北に広がるチベットは、現在は中国の一部となり、宗教や表現の自由が制限されている。
主人公ラモツォは、そこから標高4000mの山を越えて、歩いて亡命した。
その彼女と2009年にダラムサラで出会ったのが、本作が劇場初公開作品となる映画監督の小川真利枝。
インドの難民収容所から取材をはじめ、
全編チベット語で撮影するために1年間ダラムサラに語学留学をしながら8年の歳月をかけて完成させた。

テーマ音楽はレナード・コーエン氏の名曲『ハレルヤ』を浜田真理子さんのカバーで。

1998年音楽ファンの間で伝説化したアルバム『mariko』を皮切りに、数々の映画音楽を担当している浜田真理子。儚さと力強さを合わせ持った歌声が、ラモツォたち家族の生き様を「ハレルヤ」と讃えているように響き渡る。

監督・撮影・編集 小川真利枝

2007年早稲田大学・教育学部卒業。テレビ番組制作会社に就職。退社後ダラムサラへ語学留学。帰国後、テレビやラジオでディレクターの仕事を続けながら、ダラムサラの難⺠収容所の少年を追ったドキュメンタリー『ソナム』(2014)を発表。劇場公開は果たせなかったが、全国各地で自主上映会が行われ話題になる。

ラモツォの亡命ノート

TRAILER

準備中

COMMENT

状況をカルマ(=業(ごう))として受け止め、打ちひしがれることなく、しなやかにしたたかに生きるチベット人の姿を読み取ってほしい。

作家 渡辺一枝

背景には重たいチベットの現実はあるけれど、
生きることは日々のたゆみない積み重ねであることを実感させてくれる秀作である。

翻訳家 三浦順子

  • 自然な映像でありながら、力強く訴えている力がありました。

    (60代)

  • 個人のライフストーリーのドキュメンタリーを通すことで、チベット問題をより身近に捉えられると感じた。ラモツォの明るいキャラクターも素敵だった。

    (20代)

  • 素晴らしい映画でした。チベットの生活習慣を映像から見て取れた。パンづくりから始まるのがいい。子ども達がお母さんを支えている姿が良かった。

    (40代)

  • 宗教や政治だけでは決して語ることのできぬ人生がある。ラモさんは、政治犯の妻であり4人の母でありそして女性であり続けている。感動しました。

    (30代)

  • 静かに寄り添う映像にラモツォがもっている世界や時間の流れを感じることができました。そのことでみつめる一人の人間の苦しみがとてもよく伝わってきました。

    (30代)

  • 多くのチベットのかたまりでなく個をみて通して知ること大切だなと思った。

    (40代)

  • 理不尽で不公平な環境下で家族への強い愛をもって生きる姿に打たれました。

    (60代)

  • 普段目にすることのできない亡命チベット人のリアルな日常・想いが見られて、とても貴重で興味深いものでした。

    (30代)

  • 自国の文化を大事にすることの大切さを学びました

    (50代)

  • 泣いたりクスッと笑ったりしながら、チベット人だけでなく難民の人はどうやって他国に住む伝手をたどるの?というのがわかって良かったです。

    (40代)

  • これまで知ることのできなかった暮らしを見ることができてすこし身近に感じることができた。自由とは何だろうと改めて考えさせられます。

    (30代)

  • 亡命チベット人の「今」が判る素晴らしい映画、感動しました。

    (50代)

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